高橋さんに表の話とは別に、裏側の顔を見せていかなくてはいけないといわれてしまったので ^^;;
一部の人たちに誤解をさせてしまったかもしれませんが、「コミュニティのコミュニティ」という概念は、JJUG がコミュニティを束ねる上部団体になるということではまったくありません。また、コミュニティに対して干渉していくこともありません。
あくまでも、コミュニティの自主性を尊重し、コミュニティの主体はあくまでもそのコミュニティにあると考えています。
もし、誤解をさせてしまったとしたら、それは私たちの説明能力が低かったせいであり、本当にもうしわけないと思っています。
JJUG がどのようなことをコミュニティに対して提供できるか、どのようなことを協力できるのかなどは、まだまだはっきりとしていない部分も多くあります。とりあえず、多くのコミュニティと話し合いをするところからはじめていかなければいけないと感じています。
もともと、この概念がでてきたのは丸山先生が感じておられた、東京と地方の格差問題にいきつきます。
地方での情報格差や、雇用の問題、東京を中心にした仕事の進め方など、いろいろな問題が地方と東京の間にはあります。丸山先生自身、稚内という日本の最北端と東京を行き来する生活で、これらの問題がいやおうなしに突きつけられたのだと思います。
情報の格差や、人と人とのつながりを少しでも持てればということで、一昨年ぐらいから丸山先生を中心に全国を行脚 (私たちはアンギャーと読んでいますが ^^;;) してきました。
だいたい、昼間はフォーマルなセミナーや勉強会を行ない、夜は技術者どうしで飲み会を行なうという感じです。夜の飲み会は夜学と呼んでいますけど。
そういう活動を通して、それぞれの地方でコミュニティを作ることを支援してきました。
幸いにも札幌は大黒さん、新さんが中心になって Java ワークショップが形成されました。同じように、福岡ではきしださんや橋本さんが中心になって Java コミュニティ @ 九州ができ、沖縄の贄さんを中心に Java Kuüche が作られています。また、大阪は米山さんたちを中心にコミュニティが作られつつあります。
このような地方のコミュニティがイベントなどの活動を行なうときには、いろいろと問題が発生します。もっとも大きいのは資金。そして、勉強会やセミナーをやるとしても講師となる人がいないなどです。
そこで、それらの問題をすこしでも低減できるような組織をつくれないか、ということから JJUG の発端になっています。
ようするに、地方のコミュニティを裏面から支援できるような組織というのが、一番はじめの JJUG の理念だったのです。
もちろん、地方の Java コミュニティの上位団体でもないし、彼らの活動を私たちが干渉することもありません。あくまでも、裏方として地方の Java コミュを支援しようということでした。
とはいうものの、特定の団体の手先になるつもりはなく、なるべく中立の立場であろうと思っています。確かに完全に中立であるのは難しいです。しかし、そうしていかなければならないのです。
と、こうした議論を進めていくうちに、地方のコミュニティだけでいいのか、という議論がわき上がってきたわけです。
長くなったので、続きはまた今度。
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